210428 ヌトミック+細井美祐『波のような人』

カフカの変身が原案ってことで慌てて読んでいたけど結局間に合わなかった。とくに問題はなかったけれど。データになった「男」が最後どうなるのか、よりもデータになるのが「女」じゃなくて「男」で、一家には妹と母=「女」だけが残る、ってことが重要なのかなと、あとでTwitter検索でみつけた「家父長制を真ん中に置くとしっくりくる」という感想をみてようやく腑に落ちた(改めてみたらパンフレットにも「家父長制」というワードが書かれていた)。原案の変身では虫という実存するものに変わるけど、データは見えない。だから変身というよりも、声なのか何なのかよくわからないものが家に残ってる状態の失踪。カルテットの靴下よりは厄介だけれど。結局身体がなければお金も稼げないし、目に見えないものーたとえそれが家族であってもーを相手にしてるほど暇じゃないし。実存している人、この場合は残った女性2人、はどうやって生きてくか、どう生計を立てるかを考えざるを得ない。というかどう生きていくか≒どう生計をたてるか、なのやっぱりしんどいな。なぜあえて「データに変身」と明示したのかに関してはよくわからない。

最初に母が舞台上をくまなくクイックルワイパーがけするために、「挽肉とキウイ」を作る用の台所を天井から吊って降ろす演出が最高(文字で表現するのムズい。水道のホースが天井から伸びていた)。本番中に料理しているのを見るのは「バッコスの信女」(焼肉、同じ会場)以来だった。県芸の小ホールは寛大なんだな(わからんけど)。マスクしているからバッコスの焼肉よりも匂いは感じなかった。

 

210425 鹿児島3日め

7時くらいに起きる。友達に朝食を作ってもらう。ベーコンエッグ、ボイルソーセージ、レタス、コーヒー。テレビを見てぼーっとする。休日感。

ひとしきりだらだらした後、曽木の滝を見に行く。山を登った先にあるのかと思ったら案外登らずに到着したのでこんなとこに滝あるん?となる。駐車場に着くと売店から音飛びした絶妙に懐かしいJPOP(覚えてるのはRPGとLovers Again)がそこそこの大音量で車を降りた観光客と広い空に向かって放たれてた。そこのお土産は結局みてない。友達のトイレ(昨日の氷結で腹を壊したらしい)待ちの間おっちゃん2人の話を盗み聞く。昔は駐車場から滝が見えたけど、今は隠すための木が植えられて観光地化された、みたいな話。滝は写真のようなナイアガラ感はなかったけど、逆にそれがよかったし、なんか怖かった。落ちたら即死じゃなくて、痛いし大怪我するけど死なない高さ。この滝から前日にみた川内川に流れていくらしい。水が青緑。できた当初は床が透明だったと推察する展望台。滝から見えて、帰りに通った橋で愛の不時着でセリがスイスで飛び降りようとした橋を思い出した。あれほど高く、長く、雄大ではなかったけれど。

行きとは違い、余裕をもって空港へ送り届けてもらった。帰りたくなさ過ぎて空港で全く写真を撮ってない。ドトールと黒豚ラーメンが並んでるフードコートはドトールしか開いていなかった。しっかり食べられる時間もあったけど、結局パン屋で黒豚カレーパンとクリームパン。自販機で阿蘇牛使用抹茶オレを買った。お土産を物色するも、お菓子系は意外と日持ちしないものが多い。ジャバティーを買って飛行機に乗る。

予定よりも巻で到着。あたりまえだけど鹿児島と光が違う。山にあたるよりもコンクリにあたって跳ね返ってくる光が多くてしんどさを感じる。

帰ってシャワー浴びて、バイン野音配信をみて、日持ちの関係で自分用にしか買えなかった蒸気屋(「気」はたしか旧字だった)のかすたどんとかるかんを1個ずつ食べて寝た。

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210424 鹿児島2日め

朝、7時半くらい。宿近くの24時間営業のモスバーガーで朝食。食べて少しすると観光っぽい人や地元っぽい人がちらほら入ってくる。地元民っぽい老夫婦が隣の隣のテーブルにきて、ポイントカードを今日は出さなかったのか?あとで出すのか?みたいな話をずっと(たぶん実際は3分とかだけど体感10分くらいに引き伸ばされて感じた)していた。鹿児島にいる友人と合流するまで時間があるので、海沿いの防波堤兼ランニングコース兼釣り場、みたいなところを歩く。曇りと逆光で桜島はほぼ真っ黒にみえる。原付を停めて釣りをしている人がちらほら。大量のテトラポッドを久々にみた。前日に引き続き空が広すぎる。宿に戻ってテレビ流してぼーっとする。チコちゃんに叱られるの再放送。亀の子たわし開発ストーリーの再現を橋本じゅんさんが演じていた。

鹿児島に住んでる友達に宿まで迎えにきてもらう。車の中でマスクをするべきか微妙に迷う。対面で食事してるんだから、って途中から外してた。天文館周辺を歩く。居酒屋、パチンコ、カラオケ。途中で少しだけ雨に降られた。10時台だったからまだ開いていない店の方が多い。アーケード内ではフリマの準備をしていた。賑わっていく前の商店街は歩いていて気持ちいい。11時開店を待ってむじゃきで白くまを食べる。ひと口めは甘っっ!!となったけど練乳濃すぎないし、果物は全部美味しいし、軽く完食。友達がメロンが苦手、というのをたぶん初めて知る。車に戻ると火山灰だらけになっていた。「泥雨」というらしい。車体が黒いから余計目立つ。

kagomaniaという鹿児島モチーフデザインのお土産屋に寄る。ちょうど車の中で話していた向井太一の曲がかかっていた。靴下を買う。足が小さい(25.5cmくらい)のでメンズ(25~27)かウィメンズ(23~25)か迷う。いつもメンズを買って脱げてきてしまったりするのでウィメンズを買ってみた。

仙厳園へ向かう。道中は、最近の車はナビじゃなくて、スマホの画面が移せればいい、あーーたしかに、みたいな話から、ipod classicとか、懐かしデバイスとかサービスの話をしていた気がする。仙厳園は土曜日かつ天気がいいからか、駐車場はほぼ満車だった。けど中に入ると広いので、ショップ以外ほぼマスクは外していた。ゴールデンカムイ(後で調べて知った)とのコラボパネルが何か所かに置いてあったけど、ほとんど誰からも相手にされていなかった。園内はひたすら広くて静かで、水が常に近くで流れていた。

「万さく」で昼食。13時すぎくらいに着いたけどほぼ満席で、席を片付けてもらう間入り口で少し待っていた。こういうときにうまくふるまえない。3回くらいそれぞれ別の店員さんに「いらっしゃいませ、何名様ですか?」と聞かれ、ムズかった。レディース御膳、みたいなものがメニューにありモヤる。ぱっと見のわかりやすさとか、ニュアンスを考えたらそれ以外の名づけ方には悩むけれど。例えばヘルシーとか?肉の揚げ物だからそれは無理があるか。とんかつソースのために久々にごまをすった。厚切りとんかつは、これまた笑ってしまう美味さだった。柔らかさは鶏肉みたい(雑)だけど、豚の味が濃くて甘くて、それで肉の脂も揚げの油も重くない。ソースも美味い。矢場とん惨敗。ここでも友達がきゅうり以外の漬物(たしか白菜と奈良漬け)が苦手だと初めて知る。

霧島アートの森に向かう。泥雨でドット状になったフロントガラス越しに見るひたすら広い空とでかい山。鹿児島市内でも思ったけど、なんでここに立てた?っていう政治のソロポスター看板が多い。とりあえず顔とか名前を見てもらいたいってことなのか。目が悪いのもあって結局顔も名前もひとりも覚えていない。

アートの「森」とだけあってメインは屋外に常設された彫刻で、屋内は広い部屋が1か所と、半屋外のところに草間さんのでかいヒールがある感じだった。階段がないいじわるな滑り台に無理やり登ったはいいものの、降りるのが怖いし、降りるときにビビッて手を少し擦りむいた。アントニー・ゴームリーさんの作品にたどり着くための階段が鬼畜だった。降りていく途中で娘さんを抱っこしたお父さんとすれ違う。腰のつらさを想像してしまう。鬼畜階段を乗り越えて行く価値がある、というか別の場所へ降りていくっていう装置とか時間としての階段も含めて作品だった。館内展示で6人のアーティストが実際に制作や設置をしている約20年前のビデオが上映されていた。アントニー・ゴームリーさんは雨の中まっすぐじゃない木をそぎ倒していた。字幕の色がなぜか青っぽい色で、フォントも謎に怖い感じだった。時代。草間さんが1929年生まれだと知り驚く。ヒールではなく駐車場入り口の「シャングリラの花」を設置している様子が流れていた。草間さんが現地でテンション上がって「シャングリラの花なんですーー」みたいな説明というか語りに対して、黒スーツの担当の方が「はー、シャングリラ、、ww」みたいな返しをしていて、多少のしんどさを感じた。権威。草間さんのサングラス姿はボスでしかなかった。あと、日本人作家のビデオには字幕がなくて(草間さんの声は聞き取りづらい)勿体ないなと少し思った。

泥雨を落とすために洗車機。薩摩川内市に移動。アーケードの感じは高山とか京都に少し近い。川内川沿のパーキングに停める。なぜか屋根がついた橋があり、渡りたくなったので店と逆方向だけど渡る。居酒屋「炭匠だん」で自分は無理せず梅酒ロック、友達は運転があるのでジンジャーエール。粗塩をつけて食べるきびなごの天ぷら。鯛の刺身。さつま揚げ三種。鶏刺し(4年前くらいにあたって以来食べてなかった、今回は完全に大丈夫だった)。だし巻き卵。ごいし鶏の炭火焼き。全部やっぱり生き生きとしていて(正確にはしていたんだな、と想像できて)、濃くて美味い。バイトのたぶん高校生の髪が薄く青緑な兄ちゃんが元気。

座敷で、隣あう机3つとも、会話を聞く感じ友達の会社関係の人(直接は関わってないけど)の集まりだったっぽい。二晩寝たらみんな同じ場所へ働きにいくんだなと思うとなんか可笑しかった。

店を出て商店街的なところを少し歩く。8時過ぎくらいだったけど、8割がたシャッターが閉まっていて暗い。やっている店はそこそこ賑わってた。

友達の家に行く。シャワー浴びて何か映画観るか、となって、最初に選んだのがロシアの映画「365日のミニマリスト」。恋人に振られたショックで何もかも、服すら持たず、雪中を全裸で、ってシーンから始まった。しんどいからやめる。ずっとみたかった「私をくいとめて」に変える。のん、林遣都臼田あさ美橋本愛(敬称略)ってだけですごいけど、脚本の緩急のつけ方がほんとにすごい。映画館でみなかったのを激しく後悔した。友達は橋本愛が出てきたあたりで寝落ちしてた。そりゃ朝からずっと運転してたからな。ありがとう。

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210423 鹿児島1日め

旅行中とか、普段使わない移動手段を使うときは、アナウンスとかが聞こえなくなるからできるだけイヤホンしない、って思ってはいたけど、結局ポーターロビンソンの新譜聴いてしまっていた。結果、人身事故で空港行の電車がとっていた飛行機の便が出発する時間まで動かない、という情報を知るのが10分くらい遅れた(yahoo路線をみて気づいた。。)。急いでタクシーのりばへ行く。結果間に合ったし、思ったよりタクシー代もかからなかった。飛行機別便で取りなおすよりよかった、と思う。

無事、鹿児島空港について、出口付近で売ってたさつまあげ(芋とチーズ)を2度目の朝食としてつまみながらレンタカー屋へ歩く。大体空港は歩いて出る想定をされず設計されてるから逆に歩いて出たくなる。レンタカー乗車後、ナビとスマホBluetooth接続がどの設定からできるかわからずテンパる。なんとか繋げてバインのフロスモをsmall town super heroからながす。

ナビに従って指宿をめざす。久々の運転かつ初めての土地なので多少緊張する。基本、海沿いの国道226号線を通るルート。11時半過ぎに砂楽に着く。受付で「午前の受付12時で終わるので、浴衣になったらすぐ浜行ってください」と少し急かされる。浜から少し上がったところにある蚊帳内の公園の砂場みたいな場所で埋められる。あとでコーヒー屋の方に聞いてわかったけど、蚊帳の方は人口で、天然の浜の方は干潮のときにしか入れないらしい。人口の方が温度が適度に調節してあるらしく、10分くらい入っていても火傷する気配はなく、気持ちよかった。

ふろあがり少しあたりを歩く。砂楽以外の廃れ具合が哀しくもかっこいい。(たぶん)砂むしで埋めるスタッフの方(制服?の赤いTシャツを着ていた)が蚊帳の横の堤防でひとり休憩していたのもかっこよかった。

歩いてたらランチやってる居酒屋「悠(はるか)」をみつけて入ってみる。日替わり(唐揚げ)、パスタ、カレーからカレーを選んだ。お姉さんワンオペで大変そうだったけど、逆にゆっくりできてよかった(大豆田2話の「劇場版:逆に愛してる」最高だったな)。カレーは(たぶん)無水カレーに素揚げ野菜とか焼いたミニトマトがのってて美味しかった。あとコーンスープ入れるようなカップにたけのこの味噌汁が入って出てきてそれも美味い。野菜肉魚すべて素材が新鮮、でかめ、味が濃い。鹿児島で食べたものすべてそうだった。カレーがきた直後くらいに元ヤン(雑)っぽい女性4人(ひとりは赤ちゃんを連れてた)が元気に入ってきてなんかとてもよかった。彼女らと店員さんの会話で自分のカレーがその日最後のカレーだったことを知る。

バインのアルバムをバニツリに変えて鹿児島市内の宿へ向かう。右手にみえる桜島がだんだん近くなっていく。鹿児島市内に入ってから見かけたボウリング場の「カレー24時間いつでも100円」のぼりから味と量を想像してみたりする。

宿に大きい荷物だけ置いて鹿児島港桜島フェリーのりばへ。出港直前だっけどおっちゃんが「まだ入るまだ入る!」って入れてくれた、ありがたい。

着港する直前くらいに噴火したらしく、みつけた展望台で歓迎灰を浴びる。早速耳がざらざらする。別の展望台からは遠くにイルカが飛んでるのが見えて驚く。日没直前まで歩いたりぼーっとしたりして過ごす。日本一長い足湯は本当に長くて、けどひとりも入ってなくて切なかった。いままでみた中で一番広いんじゃないかって思った空。

平日で観光客が少ないからか、行きも帰りもフェリーで車から降りる人がほぼいなかった。甲板に出ると風がとても強かった。写真を撮っていると平たいスマホは飛ばされそうになりひやひやする。

鹿児島市内にもどり、いちやなぎのalbumをかけつつレンタカー返却へ。街灯が少なく、区切り線?が消えていて2車線かよくわからん道とかもあり、眠さもありつつなんとか火山灰被りまくったフィットを返す。

宿まで歩き出す。歩き出してすぐ見つけた居酒屋「味の一石」に入る。お店のおかみさんお2人。近所のベテランっぽい方3人(男2女1)がカウンターでテレビ(「コストコ春の新商品ガイド!」的なの)にコメントしつつ飲んでた。焼酎とか日本酒に惹かれるけど身体が終わるので梅チューハイにしておく。カンパチと水イカの刺身は思わず笑ってしまう味の濃さだった。焼飯は「家のチャーハン」って感じのに奈良漬けがついていた。

宿まで30分弱かけて歩く。「コントが始まる」みれたらみたいなと思ってテレビつけたら金曜日なのを忘れていた。金ローでコナン。灰原さんが終盤のいいところで重力加速度の説明を丁寧にしていた。「灰原哀」。「哀」ってつける親いる?って思ってWikiみたら博士が「愛」ってつけようとしたけど本人の希望で「哀」にしたらしい。コナン後、千葉雄大田中圭の音楽番組。ノーベルブライトがゲスト。「こうバズった!」みたいなのにひとり悪態をつき続け、寝た。

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210418

用事があって郊外へ行く。用事が済んだ後時間があったのでテキトーに歩く。ディーラー、回転寿司、コンビニ、AOKI、あさくま、ベビフェ、アピタ。県道沿いの景色はどこへ行っても似たり寄ったり。今ここがどこなのかが道路標識でしかわからない、ような感覚になる。地元のアピタのすぐ近くにもベビフェがあるけれど、そういう戦略なんだろうか。久しぶりにアピタへ入る。アピタ独特の濃い緑色の格子状の入り口。日曜の夕方っていうのもあり、食料品売り場の込み具合がすごい。たまにアピタとかイオンへ行くと、そこにある物量に圧倒される。たぶん天井が高くて1フロアがほぼほぼ見渡せるから。それもそういう設計にしてあるんだろうけれど。そこに行けば衣食住事足りるでしょう感。家族連れが多くて、よくも悪くも「生」を感じる。意外と家の近くにないので久々にミスド食べたいと思って並ぶも、途中でチョコファッションの在庫がないのに気づいて結局買うのをやめた。

 

20210409

在宅勤務での昼休みは、晴れていれば昼食後にpodcastを1話分聴きながら公園を1~2周歩いて、ドラッグストアで食料品を買って家に戻る。今日は、今日upされたPOPLIFEのaiko特集最終回を聴いた。「aikoの政治性のなさ」について話していた。社会の構造に対して、いい意味でも悪い意味でも無意識的、構造の中にいる人、ではなくて目の前の人は「その人」として向き合っている、みたいな指摘をタナソーさんがしていてなるほどなとなった。

市長選が近いから、たまに会う市内の友人には話題がなくなると「そういえばもうすく市長選だねー」と話を振るが、そのあととくに話が続かない、というのと通ずるというか。「私とあなた以外の話をしたってどうしようもない」「投票率上げたって何になるの」っていう空気、を勝手に感じてしまっている。

podcastの中で、ゲストのぽっぷさん(リトルペンギン社)が「ポニーキャニオンの株主にどうやったらなれるか真剣に調べた。」という話をしていて、感動した。構造を真っ向から利用していく姿勢。NICOのマネジメントがーーとかグチグチ言ってないでこういう具体的にできることを探さないといけないなと反省した。

20210314

山下残さんの『せきをしてもひとり』をみに猫と窓ガラスへ行く。

『せきをしてもひとり』は、2004年が初演の作品で、「ダンスの戯曲化」をテーマに尾崎放哉の自由律俳句を取り入れたもの。(イベントページより) 

「ダンスの戯曲化」を試みた結果できた戯曲の最初の頁が以下。

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<

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<

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< せき    cough

 ">"は息を吸う、"<"は息を吐く、行為が記されている場合はその行為をする。この10行を1頁として、1頁ずつスクリーンに投影されていき、山下さんはそれを見ずに演じる(踊る)。観客は戯曲をみながら公演をみる、観客も(息を吸う、吐くに関しては実際に、それ以外は想像で)演じることができる状態で公演をみる、という構造。

スクリーンへの戯曲投影もなく、構造の説明もなかったらどう公演をみるだろうか。おそらく「どうでもいいことをしているな」と思いながら45分前後みつづけることになるような気がする。周りのひとがどんなペースで息を吸って吐こうが正直「どうでもいい」。せきをしていたら、親しい人だったら「体調悪いのかな」と想像したり、心配して声をかけるかもしれないが、名前もろくに知らないひとだったら雑音としか受け取らないかもしれない。そもそも空間にひとりだったら、自分のことを気にかけることができるのは自分しかいない。

 

淋しいぞ一人五本のゆびを開いて見る

 

というところで、去年みた映画『はちどり』を思い出した。ヨンジ先生がウニに(セリフはうろ覚えだけど)「つらいときは自分の手をみつめて、1本ずつゆっくり指を動かすの。私は指を動かすことができるって思えるから」というようなことを言っていた。これをすると、周りのひとや自分のことが「どうでもいい」という投げやりな気持ちをゆっくりと和らげることができるような気がする。

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カレーがとても美味しかったけど、写真はない

終演後、山下さんに質問とか、感想を話す時間があって、「つまづくをtripと訳していて感動した」と言ったけれど、あとで調べたら普通にtripはつまづくという意味でつかわれることがわかり、恥ずかしくなった。